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空母:赤城
全長260mの日本を代表する巨大空母です。
建造途中に巡洋戦艦から空母に転身した経歴を持ち、太平洋戦争開戦時から第一航空艦隊の旗艦を務めました。
真珠湾攻撃を成功に導き、南方作戦支援でも破竹の快進撃を演出、ミッドウェー海戦で失われるまで日本機動部隊の大黒柱的存在でした。
ドイツ帝国が建造していた空母グラーフ・ツェッペリン(未完)はこの赤城の図面を参考にしていたとも言われます。
メインには開戦時の赤城のシルエットをプリントし、左袖には飛行甲板に書かれた識別用の「ア」の文字が入ります。
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赤城は八八艦隊計画により建造を進められていた「天城」型巡洋戦艦だったが、第一次大戦後のワシントン条約で戦艦の保有数を制限された為、急遽空母へと転身する事となる。
紆余曲折を経て1927年に空母として竣工した赤城だが、その容姿は現在までの空母の定番となる全通式甲板ではなく、世界的にも珍しい三層からなる飛行甲板を持っていた。
これは着艦と離陸が同時に行える合理的な甲板と思われたが、艦載機の進歩による大型化で滑走距離が増えた為、甲板の全長が不足。1938年に大改装を行い距離を延ばした全通式甲板となった。
太平洋戦争開戦時には第一航空艦隊旗艦として真珠湾攻撃を成功に導き、次いでラバウル攻撃にポートダーウィン攻撃と常勝の航海を続ける。
セイロン沖海戦では(他空母と共同で)英空母「ハーミーズ」と重巡洋艦「ドーセットシャー」を撃沈。
しかし、1942年ミッドウェー海戦で米艦載機から急降下爆撃を受け2発が命中、沈没こそ免れたものの、格納庫で大火災を起こし、9時間にもおよぶ消火活動も実らず、総員退艦の後、味方駆逐艦の魚雷により沈められた。
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竣工 :1927年
排水量 :36,500トン
全長 :260m
乗員 :約2000名
最大速度 :31.2ノット(約56km/h)
艦載機 :91機(補用機含む)
同型艦 :「天城」(未完) |
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サイズ(cm)
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身丈
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身幅
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S
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66
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49
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M
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70
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52
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L
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74
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55
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XL
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78
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58
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