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戦艦:比叡
巡洋戦艦→練習戦艦→戦艦と紆余曲折のあった戦艦で天皇陛下の御召艦としても有名です。
第一次大戦にも参加していた比叡は、開戦時にすでに老艦でしたが、快速を生かし空母護衛などで活躍、第三次ソロモン海戦では最期の大暴れをしました。
メインに開戦時のシルエットをプリントし、左袖には艦名が入ります。
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比叡は英国製だった巡洋戦艦「金剛」を手本に国内で製造された初の「超ド級巡洋戦艦」として1914年に誕生した。
1930年のロンドン海軍軍縮条約にて戦艦の保有数が限られた為、一部艤装を撤去し「練習戦艦」へと改装。 天皇陛下の御召艦としても整備され、観艦式で勇姿を披露している。
軍縮条約が期限切れになった1937年には近代化大改装を行い、装甲の強化、出力の増大、更に艦尾を7.6m延長し速力も向上させた。
開戦後は姉妹艦「霧島」と行動を共にし、真珠湾攻撃、セイロン沖海戦、ミッドウェー海戦と速力を生かし空母護衛で活躍。
1942年、霧島と共にガダルカナル島のヘンダーソン基地砲撃に向かう途中に発生した「第三次ソロモン海戦」で、巡洋艦を主軸とした米艦隊と至近距離で遭遇。 日本艦隊は終始圧倒し、アメリカの軽巡洋艦1隻・駆逐艦4隻を撃沈、重巡洋艦2隻・駆逐艦3隻を大破させるという大戦果をあげる。
戦艦と巡洋艦の格の違いを見せつけたかに思えたが、米重巡洋艦の20cm砲弾が比叡の操舵機室に直撃しており、浸水。 操舵不能となり戦闘海域からの離脱に失敗、度重なる空襲を受け被害が拡大した為、総員退艦の上、自沈処理された。
改装により分類上は戦艦とされていた比叡だったが、基本設計は巡洋戦艦のままであり、打たれ弱さが露呈した最期となった。
金剛型の老艦は太平洋戦争で日本が失った最初の戦艦である。 |
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竣工 :1914年
排水量 :36,600トン
全長 :222m
乗員 :1221名
最大速度 :29.7ノット(約55km/h)
兵装 :主砲35.6cm砲×8門
副砲15.2cm砲×14
同型艦 :「金剛」「榛名」「霧島」 |
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サイズ(cm)
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身丈
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身幅
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S
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66
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49
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M
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70
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52
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L
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74
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55
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XL
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78
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58
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