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空母:瑞鶴
主力空母が次々と沈んで行く中、日本機動部隊を支え続けた最高殊勲空母です。
真珠湾攻撃から数多の戦果を挙げた「幸運艦」は、航空母艦としてだけでなく囮としても絶大な存在感を示しつつエンガノ岬沖に沈みました。
メインには最終時の瑞鶴のシルエットをプリントし、左袖には飛行甲板に書かれた識別用の「ス」の文字が入ります。
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「瑞鶴」は1941年に翔鶴型空母の2番艦として竣工し、真珠湾攻撃に新鋭空母として参加。 出撃した58機の艦載機が全て生還するなど、早くも幸運ぶりを発揮している。
その後もセイロン沖海戦、珊瑚海海戦、南太平洋海戦と無傷のまま戦果を挙げたが、姉妹艦「翔鶴」はその間 中破および大破をしている。 この事からも「瑞鶴」は幸運艦と呼ばれるようになり、逆に「翔鶴」は被害担当艦と揶揄されるようになる。
ミッドウェー海戦で主力4空母を失った後は機動部隊の中心となって活躍するも、マリアナ沖海戦でついに姉妹艦「翔鶴」が撃沈される。 この海戦で「瑞鶴」も初めての被弾を経験している。
続くレイテ沖海戦では歴戦の勇士に対する非情とも言える囮任務を命じられる。 米機動部隊を引きつける囮部隊の旗艦として出撃、小沢治三郎中将指揮のもと予定通りハルゼー艦隊を引きつける事に成功した。
充分な直掩機を持たない囮部隊は米艦載機の波状攻撃に耐えられず次々と撃沈、「瑞鶴」にも魚雷7本が命中し左舷へ大きく傾いた末にエンガノ岬沖に消えていった。
「瑞鶴」は帰港するごとに対空兵装やレーダー等を強化し、最終状態では対空用の28連装ロケット砲(8基)も搭載していたと言う。 また、舷側には対潜用の、飛行甲板には対空用の迷彩が施されていた。
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竣工 :1941年
排水量 :25,675トン
全長 :257.5m
乗員 :約1660名
最大速度 :34.2ノット(約63km/h)
艦載機 :84機(補用機含む)
同型艦 :「翔鶴」 |
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サイズ(cm)
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身丈
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身幅
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S
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66
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49
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M
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70
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52
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L
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74
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55
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XL
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78
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58
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